2017-10-01から1ヶ月間の記事一覧

里山文化論・里山資本主義への疑義 -とくに里山は開発された人造世界であることを踏まえて-

近代以前(江戸時代)に、話たちが生きる列島社会は、里山・里村という村落警官作り上げます。里山は、造林した落葉樹に包まれ、大堤防に護られた小川(用水路)が張り巡らされ、ため池を貯えた田畑・家禽を風景とする人造のムラです。河川改修・堤防建設・…

2013年2月19日(火)福岡組法式部(研修会) 於専立寺 「人類はなぜ埋葬するか」 ~仏教の中での葬儀の意義~ <目 次> 1.「問題の所在」 ~「葬儀」の歴史を知ることの意味~ ( 今回は、改稿の準備のために留保・未発表) 2.「インドにおける仏教独自の…

見真大師」号と「勅額」

見真大師」号と「勅額」 浄土真宗の宗祖である親鸞は、1876(明治9)年11月28日に「見真」の大師号の宣下を太政官より受ける。見真なる大師号は、明治政府へ東西本願寺、専修寺・仏光寺・興正寺・錦織寺の真宗六派の住職が連名し内願し、明治天皇より贈られ…

「地域文化論」ことはじめ 1

「地域文化論」ことはじめ1 久留米工業高等専門学校の四、五年生の一般科目で「地域文化論」という半期(4,5年生=大学1,2年に相当 選択科目)の講義を担当して七年ほど担当しました。その節の準備ノートや配付資料をまとめようと思っています。 途中…

「下剋上」 -日本中世戦国期学習の常識①

「下剋上」 -日本中世戦国期学習の常識①-1 現在の日本史の教科書で使用される「歴史用語」を点検してみると、意外、というよりは面白い由緒を持つ語句が多数存在することに気が付きます。 例えば、誰でも知っている「下剋上(げこくじょう)」は、隋の蕭吉…

「一向一揆」という用語は、誰が始めて使用したか?

「一向一揆」という用語は、誰が始めて使用したか? 金龍静氏の『一向一揆論』(2004年 吉川弘文館 P24)によると、一向一揆という用語は新井白石が最初に使用したらしいとする。 金龍氏は、『紳書』巻3を典拠にあげている。実際に『紳論』巻3に目を通して…

「仏法領」論の黒田俊雄①

「仏法領」論の黒田俊雄①1 必要があって、『黒田俊雄著作集 第4巻 専修念仏と神国思想』(1995年 法蔵館)に収録された「一向一揆の政治理念 ー「仏法領」についてー」(1959年「 初出)を読み直した。過去(1982年)に「いわゆる『仏法領』について」(『龍…

法然の「性差別文言」の評価について①

1990年代、仏教史学会、研究会・日本の女性と仏教に参加した中世仏教史家たちから、次に法然「無量寿経釈」の解釈についての論争がありました。まず、関連する史料から引用します。 「A 次別約女人発願云。設我得仏。其有女人、聞我名字、歓喜信楽発菩提心、…